2016年6月28日火曜日

援助


地湧社が創立以来出してきた月刊誌「湧」の1986年発行の第1号から、巻頭言を土日を除く毎日1編ずつ掲載していきます。

(月刊「湧」1992年12月号)

援助


 インドネシアのジャーナリスト、モフタル・ルビスさんの来日講演会があった。そこには古
くからインドネシアにゆかりの深い人達も多く参加していたので、さまざまな視点からインド
ネシアの現況を知ることができた。まず驚いたのは、二千人規模の日本人学校がジャカルタに
あるという。三年間の滞在中に現地語を使わずに日本語だけで生活できた人がいるという。日
本企業の進出ぶりは、私の想像をはるかに越えていた。
 ごく最近までにこの国は歴史的背景もあって、オランダからの援助に頼ることが多かった。
しかもNGOなど民間の協力が非常に盛んで、環境問題や人権問題を含めた幅広い援助活動が
続いていたらしい。だが開発を急ぐ現地にとって、NGOなどの環境保全提言は、目の上のた
んこぶになってきた。そこへなりふりかまわぬ日本企業の進出で、渡りに舟とばかりインドネ
シアは、オランダの援助を締め出してしまった。それに加えて今、この国に原子力発電所の建
設の計画が進み、すでに日本輸出入銀行が積極的に乗り出した。
 二年前「モンゴルの生活と環境調査団」の一員として現地を訪ねた私は、援助というものの
難しさを思い知らされた。一見粗放地に見える草原を耕作したら砂漠化してしまい、元も子も
なくなってしまったり、優秀な品種の家畜を導入したら、一時的に豊かになったのも束の間、
すぐに死に絶えてしまったといった具合である。現地の政府機関の人達からモンゴル開発につ
いて意見を求められた時、私はいのちを生かす本当の文化とは何かということを考えてほしい。
そしてあなたの国を生かす文化が今の日本にあるかどうか疑問だ、と答えるしかなかった。(MM)
                         1992年12月10日発行

(次世代のつぶやき)
援助と支援という似た言葉があります。援助は、出来ないことを代わりにすることで支援は出来るように支えること。国際自立支援では、小社から2冊の本が出ています。『信頼農園物語』『内発的公共感覚で育みあう将来世代』どちらも通販会社フェリシモの名誉会長矢﨑勝彦氏の著です。
(2016年6月28日 増田圭一郎 記)