2016年6月29日水曜日

目覚しの時代から目覚めの時代へ


地湧社が創立以来出してきた月刊誌「湧」の1986年発行の第1号から、巻頭言を土日を除く毎日1編ずつ掲載していきます。

(月刊「湧」1993年1月号)

目覚しの時代から目覚めの時代へ


 寒気に冷えきった体を暖かい列車の中に運ぶ。列車が動き出してしばらくすると、心地よい
眠気に包まれる。ちょうど深い眠りについた頃、車掌が検札にきて「乗車券拝見」と言って起
こす。不愉快ではあるがよくある光景で、これまであまり気にとめたことはなかった。ところ
が先日、ぐっすり眠っている近くの乗客を、車掌が車中全員に聞こえるような大声で、繰り返
ししつこく起こすのを見て、無性に腹立たしくなった。
 中国の諺に「食べている犬はたたけない」という言葉があるそうだが、食事以上に睡眠は生
命の根本的営みであろう。かねてから私は、他人の眠りを妨げるという行為に疑問をいだいて
いる。家庭内で親が子供の目覚めを促すことから、朝、目覚し時計を使って起きるということ
まで、目覚めを他律的に操作するという習慣が普く行き渡っている。自然に目覚めるなどとい
うことは、文化生活にそぐわないことなのだろうか。母親が「起きなさい」と言うことは文化
的な物差で言えば愛情になるが、生命的な物差で言えば虐待である。
 「魂がもどってこないうちに起こしてしまうと、その人は一日中魂なしで暮らさなければな
らない」。これはアメリカインディアンの諺である。我々現代人は一日の大半を他律的要請によ
って動いている。一目一回、朝の目覚めくらいは内からの催しに従ってもよいのではないか。
自然はあらゆる要素を勘案して最適の結論を出していると思うから。(MM)
                         1993年1月10日発行

(次世代のつぶやき)
睡眠は、ボディー・マインド・スピリットどれにも大切なものです。とりわけ、この三位一体のバランスをとる大切な役割があると思います。優れた睡眠を出来る人は、人生がすべてうまくいく。過言ではないと思います。
それと、起きている時間に意識的に出来る三位一体のバランスの取り方、それは休みの取り方です。伝統的大工さんなど職人さんは、素晴らしい休みの取り方をします。
(2016年6月29日 増田圭一郎 記)