2016年6月18日土曜日

ポールさん一家


地湧社が創立以来出してきた月刊誌「湧」の1986年発行の第1号から、巻頭言を土日を除く毎日1編ずつ掲載していきます。

(月刊「湧」1992年3月号)

ポールさん一家


 熊本県の深い山の中にポールとその三人の子供達が住んでいる。一番上のお姉ちゃんは九歳、
二番目の坊やは七歳。三番目は五歳の女の子である。イギリス人のポールは二年前に日本人の
奥さんと別れた。
 彼は十年前に自給自足をめざしてこの山に入り、数反の田畑を耕して生活を始めた。みごと
に手入れの行き届いた茶畑や田んぼ、几帳面にきちっと造られた牛舎や家、どれを見てもポー
ルがいかにエネルギッシュで働き者であるかがわかる。
 夕方になって、さて次は搾乳の時間だという段になると、子供達はめいめいに毛糸の帽子を
かぶり、マフラーをしっかり首に巻いて、手袋をはめ、父親の後について牛舎に向かう。夕闇
にちらちらと雪が舞い、あぜ道を四人が一列に並んで歩く。牛舎に着くと父子四人は、まるで
一つの生き物のように連動して手際よく動きまわる。ポールがわら束を投げ降ろすと、ちびち
ゃんがそれを抱えて走り出す。坊やがバケツに水を汲んできて床を流す。お姉ちゃんが小さな
手で乳しぼりを始める。次いでポールが搾乳器の調整を始めると、横からタイミングよくドラ
イバーが差し出され、別の小さな指がネジをつまみ取る。お手伝いをしている子は一人もいな
い。みんな一人前だ。あっという間に一仕事が終わり、団らんの夕食となる。
 夕食後、ポールは最近急死した臨月の牛のことを話しながら、家族の一員を失った悲しみに
耐えきれなくなって、泣きじゃくった。それを小さな六つの瞳が黙って見上げている。
 ポールの一家のくらしを見ていると、実体のある生活の中で確実に燃焼している生命を感じ、
教育とか子育てなどという言葉に虚しさをおぽえてくる。(MM)
                         1992年3月10日発行

(次世代のつぶやき)
とても素晴らしい生活。「大草原の小さな家」のお父さんに憧れていた私は、とても羨ましい。
昨夜見た夢はそんな生活でした。山の友だちの家で一日遊んで、夕方になると張ったロープに滑車を付けて延々と山のなかを1㎞くらい下って家に帰る、不思議な夢でした。
(2016年6月15日 増田圭一郎 記)