2016年3月30日水曜日

スプーン一杯の砂糖


地湧社が創立以来出してきた月刊誌「湧」の1986年発行の第1号から、巻頭言を土日を除く毎日1編ずつ掲載していきます。

(月刊「湧」1989年11月号)

スプーン一杯の砂糖


 季節の移り変わりは速い。ついこの間まで暑いと思っていたのに、朝晩寒いと感じるように
なった。もう少し楽しみたいと思っていた金木犀の香りもいつの間にか消えてしまっている。
 あの騒動をもたらした黒蟻達は冬籠りの準備が整ったのか、もう一匹も姿を現さない。今年
は例年よりも暑い日が長く続いたせいだろうか、秋口に入ったというのに体長十五ミリもある
黒光りした蟻達が数日間も砂糖壺めがけて押し寄せてきた。壺を移動して別のところへ隠して
も、蟻達は家中に拡散してかえって始末が悪くなる。ほうきで掃き出して、情報となりそうな
臭いを消すために雑巾で行列の跡を拭いてしまっても、また戻ってきて一日でも二日でも探し
回る。うっかりしていると足によじ登ってくるので、つまむと指に噛みつく。そのうち家人は
寝ているところまでやって来るのではないかと不安が募ってくる。薬ぎらいの我が家は殺虫剤
は置かないし、使う気にもならない。この蟻との闘争は果てることなく続くかと思われた。
 ところがこの問題は瞬時にして解決されたのである。蟻達が侵入してくる窓枠の上にスプー
ン一杯の砂糖を置いてみた。蟻はそこから引き返してしまい、家中をうろうろしていたものま
で一斉に引き上げてしまったのだ。結果的には考えてみれば何でもないことなのだけれども、
自分達の知恵と策のなさにはあきれ果ててしまったと同時に、自然というものの鮮やかさに笑
いがこみあげてきてしまった。人間は社会や自然に対してこの浅はかな対応の繰り返しをやっ
ているのではないかと思った。蟻君来年また元気で会おう。(MM)  1989年11月10日発行

(次世代のつぶやき)
“スプーン一杯の砂糖”、これに掛けていると思うのですが、落合恵子さんのエッセイ集に『スプーン一杯の幸せ』という本がありました。“銀の匙”もそうですが、スプーンは幸せの象徴ですね。(2016年3月28日 増田圭一郎 記)