2016年3月16日水曜日

春の畑


地湧社が創立以来出してきた月刊誌「湧」の1986年発行の第1号から、巻頭言を土日を除く毎日1編ずつ掲載していきます。

(月刊「湧」1989年3月号)

春の畑


 春一番が吹いていろ。私はこの風が吹くと、古い友人の瀬戸さんの畑に行きたくなる。
 瀬戸さんの畑は箱根外輪山の東山麓にあって、二反歩余りの緩急斜面では一面のラジノクロ
ーバーの緑のキャンパスに、菜の花、すみれ、たんぽぽ、ほとけのざ、だいこんの花、おおい
ぬのふぐりなど色とりどりの花が春を描いている。その上に柑橘類をはじめ種々の果樹がそれ
ぞれ実をつける準備をはじめている。眼下には足柄平野が広がり、のんびりと酒匂(さかわ)
川が相模湾に向かって蛇行している。まさに「山川草木百花一面なり」である。この光景が現
実よりもいっとき早く想像の世界に展開して、すぐにもとんで行きたくなる。
 瀬戸さんは三十年前に健康を損ったときから、人間と食べものの関係について強い関心をも
ちはじめた。ちょうど化学農業が盛んになりはじめた頃である。忙しい会社勤めのため、幸い
にも畑は高齢のお母さんの伝統的な農法に委ねられていた。彼は仕事柄化学的情報が豊富にあ
り、健康や環境問題に関する資料をどんどん集めた。中でも福岡正信氏の自然農法については
徹底した調査研究を行ない、自分の畑にことごとく投影させた。
 彼が意識的に自然農法をとり入れてから十五年になるが、滋味豊かな畑からとれる作物は雑
草と土の臭いをいっぱいに含んだ爽やかな香りと味をもっている。みかんは一口に言って甘み
も酸味も濃い。大きな竹の子いもはほどよくなめらかでほんのり甘い。
 今年もまた鈴なりの夏みかんの木の下で、彼のお母さんが背負ってきてくれたおにぎりとた
くあんをごちそうになりながら、人類の行末など語り合う春の一日が間近い。(MM)
                               1989年3月10日発行

(次世代のつぶやき)
平地でない山裾の緩急斜面の畑は、たいていそこからの眺めがよい気がします。この文章に出てくるような畑は、あまり見かけなくなりました。
おにぎりとお茶を持って、こんな畑で半日過ごしたらいっぺんに元気になる気がします。 (2016年3月16日 増田圭一郎 記)