2016年4月30日土曜日

山と里との間


地湧社が創立以来出してきた月刊誌「湧」の1986年発行の第1号から、巻頭言を土日を除く毎日1編ずつ掲載していきます。

(月刊「湧」1991年3月号

山と里との間


 長野県の大鹿村は南アルプス西麓の山深い所にある。その村のはずれを数百メートル登った
急斜面に、へばりつくような家があり、そこに小林俊夫さんの一家が住んでいる。
 小林さんは、三頭の牛を飼い、わずかな畑を作って生活しているが、あまりに小規模なので
酪農家とか農業を営んでいるという表現はふさわしくない感じがする。
 小林さんがこの村に定住したのは、二十年前である。山と里との境にいて、小林さん一家は
里からも山からも厳しさを強いられた。二人の娘さんの学校の距離的条件や生活と勉強の両立
の問題。牛を飼い、牛乳を出荷して酪農を目指したが、小規模で政府資金の援助も受けられず、
その他の条件も重なり乳流通からはみ出していくなど、ぎりぎりの暮らしが続く。その中で山
の四季の産物が一家を助け、雑草が牛の命をつなぐ。
 ある時、小林さんは飼っている牛の乳でチーズを作り始めた。そのチーズが美味しくて評判
となった。野生の飼料と急斜面で育った牛は、山の生命力を乳の中に貯えていたのだ。流通の
中で勝負にならなかった同じ牛の乳が、チーズという形で直接人間の味覚に出合って光を放っ
たのだ。牛の飼育から始めるチーズ作りは繁多な仕事で決して生易しいものではない。だが娘
さんは学校を卒業しても今後ここで生活を続けるという。身につけた生活力への自信の上に豊
かな自然の暮らしがあるからだ。
 小林さん一家は今、里からも山からも暖かい支援と祝福を受けているように見える。(MM)
                         1991年3月10日発行

(次世代のつぶやき)
アルプスの少女ハイジの世界。厳しいけれど楽しそうです。
チーズといえば共働学舎新得農場のナチュラルチーズ。代表の宮嶋望さんの3冊目の本の製作は、大詰めを迎えています。
今度の新刊は、読むと絶対チーズが食べたくなりますよ。
(2016年4月28日 増田圭一郎 記)