2016年4月1日金曜日

バイカルファンド


地湧社が創立以来出してきた月刊誌「湧」の1986年発行の第1号から、巻頭言を土日を除く毎日1編ずつ掲載していきます。

(月刊「湧」1990年2月号)

バイカルファンド

 摂氏マイナス三五度のシベリアはくらくらっとめまいがするほど寒かった。
 バイカル湖は地球上で最も透明度の高い湖である。長さ六六〇キロメートル、幅四〇〜八〇
キロメートル、最深部一七〇〇メートルのこの大水甕は地球上の淡水の五分の一を貯えている。
 ここに三年前バイカルファンドという環境保護財団が生まれた。十数年前からバイカル湖の
汚染を止めようと附近の住民が運動を起こし、ときにはストライキやデモで逮捕者を出すなど、
それは艱難を極めた活動であったらしい。運動は住民、労働者、学者、芸術家、宗教者、作家
など広汎な人々に支持されて拡まっていった。たび重なるモスクワへの陳情、世界中の環境保
護団体との交流。やがてペレストロイカの時代を迎え、ついに政府が認める財団結成となった。
 このファンドは工場排水などの水汚染の防止はもちろんのこと、森林の乱伐、動物の乱獲、
石炭鉱脈の炭坑化、農牧畜への化学物質の持ち込み、原発建設などの阻止、宣伝という具体的
な活動に加え、哲学、宗教を含めた人間の生き方そのものへまで掘りさげた徹底研究討論がな
されている。
 生態学者でこの財団の副会長であるガラジー氏にこの活動の動機をたずねると、彼は若い時
に、森の中で一人の先住民に出会った。その男は木に向かって一心に何やら語りかけている。
近づいてよく聴いてみると「ほんとうは切ってはいけないんだけれど、わたしが生きていくの
にどうしてもあんたを切らなければならない。かんべんしてくれ」と長い間問答し、その一本
の木を切った。後に彼はこのことの意味の重要さを次第に意識しはじめたのだという。(MM)                 1990年2月10日発行

(次世代のつぶやき)
世界中で、木を切る(あえて伐るとはいいません)とき、言葉をかけたり、祈りを捧げていたようです。たぶん、自分もつねに生命の危険にさらされているとき、木も含めた生命はつながっていると感じる時代があったのでしょう。日本では“いただきます”という言葉が残っています。
今日、先日いただいた花束を水揚げしたまま洗面台に置きっぱなしにしてしまいました。ほんとうに申し訳なくて、ごめんね、と言って花瓶に挿しました。お花も一緒のいのちです。(2016年4月1日 増田圭一郎 記)