2016年8月26日金曜日

限界


しばらく更新が滞ってしまいましたが、再開します。

地湧社が創立以来出してきた月刊誌「湧」の1986年発行の第1号から、巻頭言を土日を除く毎日1編ずつ掲載していきます。

(月刊「湧」1993年10月号)

限 界


 素もぐりで105mの潜水深度記録をつくったジャック・マイヨールの話を感銘をもって聞
いた。常に笑みを絶やさない、全身にやさしさを漂わせる彼のどこにそんな強靭な意志が潜ん
でいるのだろうか。
 人間が素もぐりで深度40mの壁を破ったのは1956年である。当時生理学者達は素もぐ
りでの人間の潜水限度は50mで、それ以上になると内外圧の差のために胸がつぶれ、肋骨が
折れると理論的に計算していた。しかし、マイヨールは更に挑戦を続けた。
 もともとマイヨールには彼独自の生命に対するひとつの洞察があった。“生きものは機械では
ない。規定できない適応変化の可能性を秘めている。同じ哺乳類のイルカが300mの深度ま
で潜っているし、ある種のクジラは2200mの潜水が確認されているではないか”だが彼
はやみくもに記録をめざしたわけではない。記録更新ごとにおこる海中での生理的変化を科学
者達の協力で着実につかんでいった。驚くべきことに、深海になると内臓の位置が変化したり、
体じゅうの血液が肺に集まってきて胸部の内圧を保持し、更にこの血液の集中が閉息時間の延
長を支えていたことがわかった。限界をひいていた科学者達の理論はここで覆ったのだ。
 100mもの深海になると、さながら骸骨に皮がへばりついているような凄まじい形相にな
るという。この潜水行は四分足らずで終わるが、急激な圧力変化を受けても潜水による後遺症
は残らない。自らイルカ人間を自称するマイヨールは言う。「人間はやがて閉息時間10分を超え
て30分を可能にし、300mの深度まで潜水が可能になるだろう」。そして最近、彼の教え子
は閉息潜水深度120mの壁を破った。(MM)
                         1993年10月10日発行

(次世代のつぶやき)
海に潜って、潜って限界まで潜る。人間が、魚だった時代の記憶は確実に遺伝子に眠っているはずです。その記憶の魅惑はあるのでしょうね。自由に水の中を泳いでいる夢は、生まれてから今までに何度見たことでしょう。ジャック・マイヨールの映画「グラン・ブルー」は、脳の思考からトリップします。ぜひ、大きな画面でご覧ください。
(2016年8月26日 増田圭一郎 記)