2016年7月1日金曜日

孤独な航海


地湧社が創立以来出してきた月刊誌「湧」の1986年発行の第1号から、巻頭言を土日を除く毎日1編ずつ掲載していきます。

(月刊「湧」1993年3月号)

孤独な航海


 Yさんが一流企業を退社してから十三年になる。当時、電子工業が機械工業にとって変わる
産業構造の変化で、会社は人員整理をはじめていた。Yさんは有能な仲間違と図って、退職後
新規事業会社を設立すべく準備をはじめた。四十一歳であった。ある夜、彼らは最後の決断を
すべく喫茶店に集まることになった。集合時間に少し遅れてその店を探しあてた彼はそこに「ば
からし」という看板を見た。それは「しらかば」という名の喫茶店であった。「俺のやることは
別にある」。そう直感した彼は即座にこのプロジェクトから降りた。
 彼にはずっと以前からもち続けていた関心ごとがあった。「この世界をつき動かしているもの
は何なのだろうか、神とか仏といってしまわずに何か法則がみつからないものだろうか」。これ
は全く個人的関心で、伝統や権威から無縁であるから職業にはならないし、研究とも呼べない。
結局今日まで職につかず、アルバイトもせず、家から出ることもほとんどない生活が続いてし
まった。最近では奥さんがパートに出て生計を支える毎日だ。その奥さんが唯一の助手で資料
の清書をしてくれるが、内容についてはとうに愛想をつかしている。
 その結果、Yさんは数年前、彼の命題に通じるかも知れないユニークな発見をした。それ以
来発表の場を求めて多くのメディアに資料を提供してきたが、素材が突飛すぎるのかどこから
も反応がない。そこで今度は自ら著述という形で挑戦を試みている。この発見が彼の命題に肉
迫するかどうかは今のところわからない。しかしYさんのこの長い孤独な航海に拍手を送りた
い気持ちでいる。(MM)
                         1993年3月10日発行

(次世代のつぶやき)
Yさんの孤独な航海はどうなったのでしょうか。
孤独な航海をする人は、少なからずいるとは思いますが、ほとんどは表に出てこないのでしょう。
ニューヨークに住む、やすだひでおさんも孤独な航海をする一人です。生きる意味を問い、行き詰まってついに死ぬために世界放浪の旅に出る。そこで出逢ったブラジル女性と結婚し、子どももできるが、魂の渇きは癒えず、一人でニューヨークにでて、20年もの哲学的思索にふける。
たどりついたところが、1冊の本に。『すべてはひとつの命』(やすだひでお著)。
(2016年7月1日 増田圭一郎 記)